10月も中旬に入り、衣替えの季節に、東京都大田区池上にて、夜通し太鼓の鳴り止まない日がある。

 

御会式(おえしき)は、日蓮聖人の命日(旧暦で10月13日)に際して営まれる法要である。

 

10月11日から池上本門寺「大堂」にて法要が営まれ、12日の夕方からは、池上の地を約2キロにわたり、講中(こうじゅう)と呼ばれる信徒たちの集団が百数十、人数にして数千人に至る「万灯練行列」が練り歩く。

 

毎年、この池上本門寺へ向かう万灯練行列に参加させていただいている。

 

万灯練行列は、池上本門寺の中心、大堂に参拝し、大堂を過ぎたところで解散するが、熱心な信者は更に歩みを進める。

 

(御会式中の池上本門寺、大堂)

その先に、まさに日蓮が臨終のときを迎え、荼毘に付された場所がある。

 

(多宝塔:日蓮聖人入滅の折の荼毘所)


日蓮は弘安5(1282)年のこの日、池上の地にて、臨終のときを迎えた。

 

最後まで、『立正安国論』の講義をしたり、遺される弟子たちを案じていたという。

 

日蓮は、書状により弟子や信者たちに多くの言葉を遺している。

 

「人身は受けがたし、爪上の土。人身は持(たも)ちがたし、草の上の露。百二十まで持て名を腐(くたし)て死せんよりは、生きて一日なりとも名をあげん事こそ大切なれ(『崇峻天皇御書』)」

 

「人の寿命は無常也。出る気は入る気を待事なし。風の前の露、尚譬にあらず。かしこきも、はかなきも、老たるも、若きも定め無き習也。されば先臨終の事を習て後に他事を習べし(『妙法尼御前御返事』)」


爪の上の土のように受けがたい、人として受けた生の稀有なること。

 

そして、草の上の露のように落ちやすい、定めなき人の寿命なのであるから、いつ死を迎えるか分からない。

 

そうなのであれば、先に臨終(死ぬとき)のことを済ませておいてから、後にその他のことを済ませるべきである。

 

これは、日蓮の死生観(生死観)・人生観を表す言葉の一部であるが、現代においても、

 

「生のみが我等にあらず、死もまた我等なり」(清沢満之)

 

仏教は生老病死の四苦を説いている。生があるということは必ず死が訪れる。

 

学生時代、よく耳にした言葉がある。

 

「百年一瞬のみ、君子粗餐するなかれ」(吉田松陰)

 

学生に聞かせるニュアンスとしては、「人生は短いのだから、無駄に使わず一生懸命に頑張りなさい!」ではあるのだが、このことばも日蓮や清沢の死生観と通底するものがあると思う。

 

医療技術の進歩により、頭では理解していても、感覚としては死というものが見え辛くなった現代である。

 

しかし、医療技術の進歩により、いくら寿命が延びていても、いずれ訪れるその原則は変わらない。

 

そうなのであれば、やはり死ぬことを考える時間、死の準備はいつ行っても遅くはない。

 

死の準備は、様々である。おそらく、いわゆる終活のような内容を考える人が多いと思う。

 

(毎年、御会式の時期になると花が咲く「御会式桜」:池上の本山 大坊 本行寺前)


この会――仏教死生観研究会の、宗派を超えた僧侶たちにより実施されている「死の体験旅行」もそうした死の準備の1つである。

 

自らの死期が近付く状況を想像しながら、まさに仮想の「臨死体験」を行う。

 

そして、死から、どのような生を歩むのか、考える材料とする。

 

「死の準備」と言って、「死」という言葉を並び立てると、厭世的(人生に悲観している)のような考えにも見えてしまいがちである。

 

しかし、殊更に述べることでもないが、死の準備を行うことは、決して後ろ向きなことではない。

 

その理由について、デス・エデュケーション(死の準備教育)を提唱したアルフォンス・デーケンの言葉を引用して終わりにしたい。

 

「死を見つめることは、生を最後までどう大切に生き抜くか、自分の生き方を問い直すことだ。」

関連する記事
    コメント
    コメントする