飼っていた金魚が、突然死んでしまった。

 

幼稚園に通う娘が、毎日話しかけていた金魚。

なんて説明しようか考えているうちに、娘が先に気づいてしまった。

 

「あれ?金魚さん、どこ行ったの?」

 

「・・・あのね、金魚さんは死んじゃって仏さまの世界に行ったんだよ」

 

娘は首を傾げる。

 

ペットを飼うのは「いのち」を考えるきっかけになるとは思っていたけれど、やはり死とは突然やってくるもの。

 

娘になんて説明しようか、しっかり考えていなかった。

 

いつも大人に向かって「いのち」の話をしているが、幼い子どもに「いのち」の話をするのは初めてだった。

 

いろんな話をしてみるが、わかってくれたかな。いや、きっとうまく伝わらないんだろうな。

 

「生きているものにはみんな、いのちがある。いのちはいつ終わるかわからないんだよ。おとうさんもおかあさんも、いつかはいなくなるんだ」

 

「・・・わたしも?」

 

「そうだよ。金魚さんもぼくらも、みんなおんなじ」

 

娘が、ちょっと悲しそうな顔をしたように見えた。

 

「だから、とてもだいじなんだ。だからみんなにナムナムするんだよ。みんなにやさしくしないとね」

 

と話したところで、娘が「あのさ、運動会の時ね・・・」と違う話題に変えた。

幼い子どもということに加えて自分の娘という思いがあふれて、なんだかうまく伝えられなかった気がする。

 

でも、かわいい金魚のおかげで娘と初めて「いのち」について考える時間を持つことができたのだ。

 

とっても悲しいことだけど。

 

「いのちと申すものは一切の財の中に第一の財なり」(日蓮宗の宗祖、日蓮聖人のお手紙『事理供養御書』より)

 

わたしたちは、かけがえのないいのちに囲まれながら尊いいのちを生きている。

 

さあ、いのちの話をしよう。

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